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16歳ご当地アイドル自殺 [ニュース]

愛媛県で活動していた16歳のご当地アイドル、大本萌景(ほのか)さんが自殺した背景には新聞テレビが報じない複数の闇がある。遺族に訴えられた事務所社長が伝説的なショーパブのダンサーだったというのはその最たるもので、そこにこそ彼の「コワモテ」の原点が

 萌景さんの遺族は、自殺の背景にパワハラや過酷な労働環境があったとして、所属事務所の「hプロジェクト」や同社の佐々木貴浩社長(50)を訴えている。損害賠償の請求は計およそ9200万円。事務所側と遺族との間に、萌景さんの転学費用や「辞めるなら1億円払え」発言をめぐる主張の食い違いがあるのは報道のとおりだ。

 ご当地アイドルとしての彼女の「育ての親」から一転、死の責任を追及される立場に陥った佐々木社長はこれまでどのような人生を歩んできたのか。

 愛媛県新居浜市出身の佐々木社長は、新居浜商業高校を卒業した後、一旦は松山市の「松山全日空ホテル」に就職。が、ほどなくしてそこを辞め、「マハラジャ」などのディスコを運営していた会社に入っている。

「彼はそこでショービジネスを学んで20代前半で独立。『まんま』っていう小さなショーパブを松山で始めるんや。彼はそこのママ兼メインダンサーでした」

 と、知人は言う。

「その店名もあって、僕らの間では佐々木さんは“まんまさん”で通ってた。なんで“まんま”かというと、一つは男=マンがママをしているから。もう一つは女装してメイクして踊っていても男のまんまだから、“まんまさん”。この店が大成功し、まんまさんは規模の大きな『さるタートル』っていうショーパブを経営することになった」

 その店は最大80人の客を収容できる「大箱」で、ショーを行うステージにはベルトコンベアーまで設置されていた。

「1日3回行われるショーは本格的なもので、メイクして踊ったり、コントみたいな感じで笑わせたり、本当に面白い店でした。男と女とニューハーフとおなべのダンサーが全部で14人くらいいて、客からは最低でも1人6千円は取っていた」(店の関係者)

「店はすぐにメチャクチャ繁盛して、福岡にも支店を出した他、『Sion』という女の子だけのショーパブや、女の子がSMショーをやる『タブー』という店も経営していた。まんまさんはすごい儲けていて、事務所の金庫には常に1千万円以上の現金が詰まっていたよ」(同)

 店に通っていた客の一人もこう振り返る。

「当時、“まんまさん”と言えば松山ではカリスマ的存在で、口が上手くて営業上手。客に飲ませるのも上手かった。客同士を競争させるのです。“ビールタワー”という文化があって、飲みきったビールの小瓶を積み上げていく。その高さを客同士に競わせ、“隣のお客さんもう3段いってますよ! 負けちゃいますよ!”と盛り上げてどんどん飲ませる」

 一方、店の従業員は“まんまさん”に絶対服従で、

「従業員の役職はマネージャー、サブマネージャー、チーフ、サブチーフ、ウェイター、キャップなどと細かく分けられていて、まんまさんが作った分厚いマニュアル本もあって、接客のやり方などが書いてあった。そのわりに給料はすごく安かった。無断欠勤したら給料なし、とか遅刻したら罰金といった規則もあった」(先の店の関係者)

 萌景さんが所属していた「愛(え)の葉(は)Girls」に「陰口1回につき3万円」といった罰則が設けられていたのはこの時の名残なのかもしれない。

逃げ出すダンサーも
「確かに給料は安かったけど、当時はあんまり気にせんかった。『さるタートル』で踊って、お客さんに拍手してもらって、スポットライトを浴びるのが楽しかったから。まんまさんから“スポットライトを浴びるのがお前らの給料だ”と言われたこともある」

 と、店の元従業員。

「ただ、朝まで飲んで、昼からはダンスの練習で、夜は店という生活なので、逃げ出す子もいっぱいいた。でも、逃げ出してもさがしに行くんですよ。まんまさんが“さがせ”って命じるもんだから。まんまさんの言葉は神の言葉ですからね。店から逃げて家に隠れていたり、県外に逃げ出した人もいました」

 言葉巧みに従業員の心を操り、逃げ出す者は徹底的に追い込む。そんな“コワモテ社長”は、

「サイドビジネスも好きで、いろんなものに手を出していた。ただ、まんまさんはあまりに人使いが荒く、金に汚いので従業員はどんどん辞めていき、十数年前に店は経営不振に陥った」(同)

 そんな佐々木社長が次に目をつけたのが「農業」だ。

「2008年に結婚した奥さんの実家が農家をやっていて土地を持っていたそうだけど、そこから『歌って踊って耕して』なんて思いつくわけやからやっぱりあの人、商才だけはあると思うわ」(同)

 それを合言葉に農業の魅力を伝えるというフレコミのアイドルグループ「愛の葉Girls」がデビューしたのは12年のこと。萌景さんが加わったのは、その3年後である。

「週刊新潮」2018年10月25日号 掲載

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